2009年5月7日木曜日

磁気と生体(8)

魅惑のサイエンスストーリー「磁気と生体」検証シリーズ。

未だ第1回「磁気と肩こり豆知識」ですなー

今日は長いです。ゴールデンウィークに書いてましたしね。調子に乗りました。

「■「フレミングの法則」で血行を促進」 節,第3段落続き

「血液成分の中には、プラスイオンとマイナスイオンに電離するものが含まれている。これが血管中を流れるということは、電流が流れることに等しい。ここに磁石によって磁場を加えると、「フレミングの左手の法則」により力が発生する。この力がイオンの流れを活発にし、血液の流れをよくすると考えられている」

の検証。

まず
「血液成分の中には、プラスイオンとマイナスイオンに電離するものが含まれている」
ですが,プラスイオンとマイナスイオンというものがなんであるかわからないので,意味が分かりません。

もし「プラスイオン」がナトリウムイオンのような「陽イオン」のことで,「マイナスイオン」が塩化物イオン(塩素イオン)のような「陰イオン」のことであるならば,これは確かにそのとおり。

「プラスイオン」「マイナスイオン」は学術用語ではありません。用語は正確に使うこと。

血液は体積分率45%の血球成分(赤血球・血小板・白血球)と55%の血漿成分(液体)からなりますが,このうち血漿成分のほうは9割がた水であり,その水の中にタンパク質のほかに無機塩がイオンとして溶けています。つまり,血漿は電解質です。

※ここで注釈ですが,時折「ナトリウムなどの無機塩」という説明を見ますが,ナトリウムは金属であって,塩ではありません。ナトリウムイオンというのなら,分かりますが。カリウムも金属です。

ナトリウムイオンはナトリウムイオンであってナトリウムではなく,カリウムイオンもカリウムではありません。

こういう説明を書いちゃう人は,どうも化学で言う塩と普通の食塩(塩化ナトリウム)と混同した揚句,塩化ナトリウムのうち塩素イオンが抜けているようです。もちろん,人の血漿中にはナトリウムイオンと全く同量ではありませんが塩素イオンもあります。

そりゃみんな毎日過剰なくらい食塩とってんだもん,そうだよねぇ。(注釈終わり)

ということで,血液中のイオンと言えば,これらの無機塩由来のイオンということになるかと思います。

また,血球成分のそれぞれあるいは一部がイオン化しているのかどうか,また血漿中のタンパク質がイオン化しているかどうかぼくは知りませんし,無機塩が無機塩のまま血液中にあるのかどうかも分かりません。(つまり食塩なら食塩の小さな結晶が血液中にあるのかどうか,ということ)

ですから,ここでは血液中のイオンと言った場合には血漿中の無機塩由来のイオンに限定することにします。もっと正確には生化学を勉強しないといけませんね。勉強します。

さて次に,
「これが血管中を流れるということは、電流が流れることに等しい。」
ですが,

…意味が分かりません。

まず何をもって「等しい」と呼んでいるのか,まったく説明がありません。

ということで,ここで終わりにしてしまってもよいのですが,それではつまらないので勝手に補完して読んでしまうことにします。

(これを「藁人形論法」と言います。詭弁です)

もし,「電解質が“圧力によって”流れる=電流」と考えているのなら,それは正しくありません。

血液という電解質が全体として帯電していない限りは,心臓というポンプが生み出す圧力によって血液が血管中を流れていたとしても,それは電流ではありません。

以下,詳しい説明。

電流には,対流(携帯・運搬)電流と伝導電流があります。

これは微視的な意味での電流(=対流電流)と巨視的な意味での電流(=伝導電流)と言っても良いです。電気回路に流れる電流など,一般的な意味での電流は伝導電流のほうです。

※実はこのあたりのことはあまり電磁気学の教科書に詳しく載っていません。ぼくは太田浩一著「電磁気学の基礎」(シュプリンガージャパン)に準拠して書いています。にしても,この本は素晴らしい!!!

一つの電荷(電子でもイオンでも良い)が並進運動することによっても電流が生じていると言うこともでき,電荷保存の式から電流密度を定義することができます。つまり,電解質中(ここでは血液中)の一個一個のイオンに対して電流を定義することは可能です。

これを,対流(携帯・運搬)電流と言います。

一方で,もう少し大きな時間・空間スケールでこれらの微視的な電荷を平均化(粗視化)し,連続なスカラー場としての電荷密度を定義しなおして,そこから電荷保存の式を用いて電流密度を定義することもできます。

これは,この電気伝導を担う電荷も連続体として扱うことに相当します。したがってその電気伝導性媒体が全体として中性であった場合,その媒体が並進運動をしても電流が流れたことにはなりません。したがってこの電流は外部から電圧をかけないと観測されません。

このような電流を伝導電流と言います。

金属中の伝導電子のように単一のキャリアの場合,伝導電流と対流電流の区別はそれほど意識されません。対流電流を考えても結局伝導電流しか観測されないので,対流電流を考えなければならない状況は特殊な状況だと言えます。

(純粋電子プラズマは対流電流を直接考慮する必要があるかもしれない)

しかし,例えば管の中にある電解質中の帯電コロイド系に圧力と電圧をかけた時の電気伝導を考えた場合,コロイド粒子の対流電流と,バックグラウンドの電解質の伝導電流は,それぞれの電流の時間および空間スケールの分離があるので,意識して取扱いを分ける必要があるでしょう。

一方,ここで考慮している血液の電気伝導のように電解質のみの電気伝導を考える場合は,金属中の電子による電気伝導と同じく,対流電流を考慮しても結局は伝導電流が観測可能な電流になると思います。

(血球成分も考えると,電解質中の帯電コロイドという状況が生じえますが,そうだとしても以下の議論に影響はありません)

いずれにしても,電流(密度)の次元は「単位面積あたりに単位時間に通過する電荷量」です。

もし,ある注目している断面積(たとえば血管の任意の断面)を通過する電荷が,正負等量で同じ方向に流れて行った場合には,通った電荷量はトータルではゼロなので,電流もゼロです。

可動電荷は含んでいても全体として電気的に中性的な媒質が並進運動した場合はこれに該当します。

しかし,外部から電圧をかけた場合,電圧によって生じる電場中を,正の電荷は電場と同じ方向へ,負の電荷は電場とは反対の方向へ移動するため,ある注目している断面積には双方の電荷が逆向きに通過するため,電流が観測されます。

これは当該物質の電気伝導度の大小とは関係なく成立することです。

そういう意味で,血液が全体として帯電していない限りは,心臓からの圧力によってイオンが血管中を並進移動したとしても,それはその方向に電流が流れているということに等しくはありません。

ということは,この筆者は「血液は帯電している」ということを前提としているのでしょうか?

もしそうなら,ぼくは血液が帯電しているかどうか知りませんので,「それならそうでしょうね」というしかありません。

しかし,仮に血液が帯電していたとしても,かなり抵抗は大きいとはいえ人体も電気伝導性の物質ですから,電荷はほとんど身体の表面,つまり皮膚に移動すると思いますが。

結果,ドアノブなんかに触ってアースした瞬間に放電してしまう。つまり,ぱちぱち君ですな。

さて次の文章
「ここに磁石によって磁場を加えると、「フレミングの左手の法則」により力が発生する。」

…これも意味不明です。

まあ「フレミングの法則」は笑い飛ばして,ここはたぶんローレンツ力のことを言っているんだろうと解釈して,じゃあどこに・どう・どのくらいの強さのローレンツ力が発生するのか?

なんの説明もないので,例によって勝手に補完して二つの藁人形を作るとします。

(1)個々のイオンに力が発生する
これは確かにその通り。

ローレンツ力が働いて,電荷つまり血漿中のイオンは血管側壁に向かって動いて行くでしょう。

その結果何が起こるか,まで推測してみることにします。

外部静磁場によってイオンが受けるローレンツ力は十分に強く,また正のイオンと負のイオンの運動エネルギーも十分に高く,他の粒子との衝突による運動エネルギーの損失の結果ローレンツ力が働かなくなってしまう前に,それぞれ逆の側壁に到達して,そこにへばりついたとします。すると,血管を横切る方向に電位差発生…となるでしょうかね。

これは単純な問題ではありません。まず外部圧力による血流がないとします。その状態で血管側壁に電荷が溜まったとすると,血漿は電解質なのでその溜まった電荷を中和するように電解質中のイオンが移動し,側壁付近に電気二重層という電荷不均一層が出来るでしょう。

電気二重層の厚さはナノメートルのオーダーであり,電荷の蓄積によって生じた電位差はこの領域で形成されるので[1,2],結果として血管に垂直な方向(断面方向)の大部分の領域には電位差は生じません。

[1]北原文雄著「界面・コロイド化学の基礎」(講談社サイエンティフィク,1994),94~98ページ
[2] 渡辺正・中村誠一郎著「電子移動の化学-電気化学入門」(朝倉書店,1996),3~5ページ。→この本,具体例が多くて分かりやすいし面白いです。

つまり,血管の断面方向に電位差は生じません。

しかしそこに圧力差(心臓による)によって電解質が流れればまた状況が変わります。

これは今回調べていくうちに初めて知ったのですが,管壁に電気二重層が存在する毛細管中に電解質が流れた場合,流動電位という電位が生じるそうです。

いやー,面白いなぁ。

この流動電位の発生するメカニズムですが,まず圧力差によって血流が生じても側壁の電荷がへばりついたままだとすれば,ポアズイユ流れによって電気二重層のうち拡散二重層の一部が流されて,対流電流となります。これを流動電流と呼ぶそうです。

今考えている外部磁場にさらされた電解質という状況では,血管の側壁は互いに逆符号で帯電しているので,いくら拡散二重層の一部の電荷が流されたとしても,正負のイオンが対称的に流されるとすれば,正味の電流はやっぱりゼロです。

したがって,流動電流を考えてもやっぱりゼロ。

しかし,もしもなんらかの原因でどちらかの符号のイオンがより多く流されれば,流動電流はゼロではなくなります。

さらに,この流されたイオンが下流のどこかにたまれば,血管を横切る方向ではなく,血管の走行する方向に電位差が生じます。これを流動電位(差)と呼びます[3,4]。

[3] H.A. Stone, A.D. Stroock, and A. Ajdari, Ann. Rev. Fluid Mech., 36, 381-411(2004).
[4] Frank H. J. van der Heyden, Derek Stein, and Cees Dekker, Phys. Rev. Lett., 95, 116104(2005).
※注記ですが,これらの論文で考慮されている流動電流は,管の壁全面あるいは両面が同符号の電荷で帯電している状況下での流動電流および電位であって,ここで考えている外部磁場中の電解質の流れとは状況が異なります。


んで,この流動電位の方向に電流が流れる,という状況もあり得るわけです。…これは血流の方向とは逆向きですが。

これらの電気二重層の一部が流されることによる対流電流と,流動電位による逆向きの電流は,外部から電位差を与えなくても発生します。

これはありそうなことにも思えますが,よほど条件が揃わないと生じないでしょうし,流動電位がどのくらいの強さになるかも見当がつきません。

もしこのような説明をされて,その流動電位によって生じる電流が観測するに十分な強さの電流であると立証されれば「血管を流れる血液は電流と同じ」に関して認めても良いです。

まあこの「磁気と生体」の文章をそのまま読んでもそんなことを言っているとは到底思えませんが…

ただひとつ述べておきますが,このぼくが作った藁人形が真実だったからと言って次の文章にはつながりませんし,磁気治療器に効果があるという主張とは何の関係もありません。

(2)血管全体に力が発生する
先に述べたように伝導電流が流れているわけではないので,流動電流が生じない限り血管に力は働きません。

さて最後,
「この力がイオンの流れを活発にし、血液の流れをよくすると考えられている」

残念ながら,やはりまったく意味が分かりません。

前項でも検討したとおり「力」がなんだかわからないので,そのわからないものがイオンの流れを活発にすると言われても,何の事を言っているのかわかりませんし,そもそも「活発」というのもイオンが介在するどういう現象を指しているのかわかりません。

また,仮にイオンの流れが活発?になったからと言って,それが血液の流れが良くなることと何の関係があるのかも分かりません。だいたい血液の流れが良い悪いってなんでしょうか?

なんとなく血漿成分がどうのこうの言うよりも血球成分の流れの方が血行の良し悪しに関係しているような気がするけどな。それにしたって,大動脈と毛細血管では全然スピードが違うし。

まったく意味が分かりません。

さて,以上の検討の結果,

「血液成分の中には、プラスイオンとマイナスイオンに電離するものが含まれている。これが血管中を流れるということは、電流が流れることに等しい。ここに磁石によって磁場を加えると、「フレミングの左手の法則」により力が発生する。この力がイオンの流れを活発にし、血液の流れをよくすると考えられている」

という文章に関しては,一見して物理っぽい用語を並べたてて何かを科学的に説明しているように見えますが,それぞれの文章の意味が全く分からないので,論理的なつながりもなく,何の説明にもなっていません。

「考えられている」ってこんな情報ゼロの文章を確立した事実のように言うのは誤解を招きますね。

ただ,この著者がどんなイメージを持っているかはともかくとして,個々の点について相当行間を補完してみると様々な面白いことがわかったので,大変勉強になりました。ありがとうございました。(?)

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