2009年4月21日火曜日

磁気と生体(4)

魅惑のサイエンスストーリー「磁気と生体」徹底検証シリーズ。

まず第1回「磁気と肩こり豆知識」から行ってみましょーー

「■磁気治療は古代ギリシアの時代から」

最初の方に関しては,磁気治療の歴史に関する話の枕なので,スルー。
(「下剤として磁石を飲んでいた」ってのは本当かなぁ,と思うけど)

※パラケルススやメスメルのエピソードが出てこないのは,不思議。
⇒Skeptical Inquirerの記事を参照。(James D. Livingston,” Magnetic Therapy: Plausible Attraction?”, Skeptical Inquirer 22(July/August), 1998)

・3段落目。
「磁気治療など、単なる気休めと思っている人が今でもいるが、医学的にその有効性はとっくに確認されていて、」

いきなり,これです。

この第一回目の文章が配信されたのが平成5年(1993年)10月であり,15年以上前です。となると,「とっくに」がそれからどれほど昔を指すのかわかりませんが,少なくともこの時点でも「磁気治療は(医学界でも)コンセンサスを得ている」とこの筆者は述べているわけですね。

これは本当か。

ぼくは「magnet therapy」などをキーワードにして文献検索をした結果,一番最近のレビューおよびメタ解析論文として,次の四点を見つけました。以下,発行順に紹介しています。(3)だけはメタ解析ではありません。

最初の二つは観点が非常によく似ていますし紹介している文献も相当数重なっていますが,それぞれ反対の結論を導いています。

(1) A Critical Review of Randomized Controlled Trials of Static Magnets for Pain Relief
(痛み緩和のための磁石使用の無作為化対照試験の系統的レビュー)
Nyjon K. Eccles
The Journal of Alternative and Complementary Medicine 11, 495-509 (2005).
(代替および補完医療ジャーナル誌)

▶磁石の痛み緩和効果に対してかなり好意的な結論を下しています。
▶紹介されているもっとも古い研究は1977年のHarper and Wrightによるもので[1],つぎは1982年のHongらによるものです[2]。その次は1994年のKimらによるものです[3]。
[1] D.W. Harper and E.F. Wright, Lancet 2, 47-54(1977). 結果は否定的。
[2] C.-Z. Hong, et al., Arch. Phys. Med. Rehabil. 63, 462-6(1982). 顕著なプラシーボ効果。結果は否定的。
[3] K.S. Kim and Y.J. Lee, Kanhohak Tamgu (in Korean) 3, 148-79(1994). 結果は否定的。
▶この研究者は同雑誌に,二重盲検法による磁石の月経困難症(dysmenorrhea)への効果について発表しています(ibid, 11, 681-687 (1995))
▶Jadadスコアの採点を行っています。

(2) Static magnets for reducing pain: systematic review and meta-analysis of randomized trials
(疼痛緩和を低減させるために使用される磁石:無作為化対照試験の系統的レビューおよびメタ解析)
Max H. Pittler, Elizabeth M. Brown, Edzard Ernst
Canadian Medical Association Journal 177, 736-742 (2007).
(カナダ医師会ジャーナル誌)

▶磁石の痛み緩和効果に対してかなり否定的な結論を下しています。
▶Jadadスコアの採点を行っています。
▶人体を被験体として行われた無作為化対象試験という条件で行われた実験に限定しています。
▶紹介されているもっとも古い研究は1982年のもので,(1)のEcclesのレビューにもあるHongらによるものです。
▶その次の検討されている論文は1997年に出版されている二本で,一つはCaselliらによるものです[4]。もう一つはVallbonaらによるものです[5]。
▶いずれ検討しますが,ピップトウキョウによる研究についても,Jadadスコアの採点は厳しく,否定的です。
[4] M.A. Caselli et al., J. Am. Podiatr. Med. Assoc. 87, 11-6(1997). 結果は否定的。
[5] C. Vallbona et al., Arch. Phys. Med. Rehabil. 78, 1200-3(1997). 結果は肯定的。

(3)A Literature Review: The Effects of Magnetic Field Exposure on Blood Flow and Blood Vessels in the Microvasculature
(文献レビュー:微小血管系内血流および血管に対する磁場照射の効果)
J.C. Mckay, F.S. Prato, and A.W. Thomas
Bioelectromagnetics 28, 81-98 (2007)
(生体電磁気誌)

▶このレビューは「こんな研究がありますよ」という文献の紹介なので,個々の結果に対するメタ解析は何もしていません。ただし,磁場による血管系への効果について,なんとなく好意的であることは分かります。
▶紹介している一番古い研究は1986年のものです。
▶結論によれば,紹介した27の研究のうち,4つが磁場照射は血管系に何も引き起こさなかった(効果なし)とあります。
▶また,細胞レベルの効果については,19の研究のうち5つが磁場照射は何も引き起こさなかった(効果なし)とあります。
▶逆を言うと,大多数の文献は何らかの効果があったということになります。

(4)Static Magnetic Field Therapy: A Critical Review of Treatment Parameters
(静磁場治療:施術パラメータの批判的レビュー)
Agatha P. Colbert, Helané Wahbeh, Noelle Harling, Erin Connelly, Heather C. Schiffke, Cora Forsten, William L. Gregory, Marko S. Markov, James J. Souder, Patricia Elmer and Valerie King
Evidence-based Complementary and Alternative Medicine, Advanced Access published Octobar 4, 2007.
(証拠に基づく補完および代替医療誌)

▶これはまた別の視点からのレビューおよびメタ解析で,個々の静磁場治療法研究についてその実験デザイン,特にどのように磁場を与えているか,磁性体の種類・大きさ・極の置き方などなどを十分に検討しているか,についてレビューしています。
▶磁気の生体への影響の有無については言及していませんが,静磁場治療法研究者たちの実験方法についてかなり手厳しい評価を下しています。
▶結論として,紹介している研究のうち61%が,意図した生体組織に磁場が適切に照射されているか検討できておらず,結果としてこれらの文献からは静磁場治療の効果に関していかなる有益な結論も導くことはできない,としています。

ほかに
(5)Magnetic Field Therapy: A Review
(磁場治療法:レビュー)
Marko S. Markov
Electromagnetic Biology and Medicine 26, 1-23 (2007).
という論文もありましたが,これはすぐに入手することができず,中はまだ見ていません。

さてこれらのレビューを読んで(いや実際には読まなくても)わかることは,永久磁石あるいは静磁場を用いた治療法に関して「医学的にその有効性はとっくに確認されていて」とは到底言えないということです。

これだけレビューおよびメタ解析の論文が出ているということ,および,ぼくが読んだ上記4つのレビュー論文のうち,非常に好意的な(1)を除いて「磁気治療に関しては科学的原理・生物学的メカニズム・臨床医学的証拠が不足している(限られている)」あるいは「確立されていない」と書いてあることから考えても,磁気治療が医学界においてコンセンサスが得られている治療法ではないことは明らかです。

次に,(1)および(2)のレビューで,無作為化対照試験が行われた研究として紹介されている文献のうち,もっとも古いものから三つの出版年を書き写しましたが,そのうち,この「磁気と生体」の記事が書かれた1993年よりも前の論文は二本だけ,しかもそのいずれも静磁場を用いた痛みの緩和などの効果について否定的な結論を出している研究です。

非常に好意的なレビュー(1)ですら,1993年以前の肯定的な論文を紹介していないのです。

(無作為化対照試験ではなく,肯定的な結果を与えている研究は1993年以前にもあります)

また,別の例になりますが,上に挙げたレビュー内でも言及されている岡野英幸(ピップトウキョウ),大久保千代次(国立保健医療科学院,当時)のグループは,2003年から2005年の間に数本の論文を発表していますが,ほとんどがラットを用いた研究です。

仮に1993年の段階で
「(磁気医療について)医学的にその有効性はとっくに確認されていて」
というのならば,なぜ10年後に至ってもラットでの実験を行っているのでしょうか??

また,厚生科学研究費補助金を用いて21世紀型医療開拓推進研究事業として行われ,2001年に成果が発表された「科学的根拠(Evidence Based Medicine;EBM)に基づいた腰痛診療のガイドラインの策定に関する研究」(主任研究者・白井康正・日本医科大学名誉教授)の第5章「腰痛に対する物理療法の効果」の中に,永久磁石を用いた研究についての文献考察があり,ガイドラインを示すために必要なエビデンスレベルの評価として,「行わないことを中等度に指示する根拠がある」,またレビューアの意見として,「パイロット研究であるが、医療の一部としてこの治療法を認証するに足るエビデンスは不足している。今後の研究が必要。」と書かれています。

(とは言え,この厚生科学研究では腰痛の磁気治療法についてそれほど真剣に調査したような印象は受けません)

以上のことから「有効性はとっくに確認されていて」などとは到底言えないと結論することができます。この文章ひとつとってもこの著者が非常に恣意的な論理展開を行う人間であることが分かり,正直不快な気持になりますが,ぼく自身の不快さは別として,次の文の検討にうつっていきましょう。

追伸:どんどん調べていくうちに,大体の様相が掴めてきました。また,この著者が何をソースにして,また何を背景にして,どのような論文を念頭に置きながらこれらの文章を書いているかも分かってきました。

その背景には中心人物(物故者)が一人おり,その人の学説を紹介しているページになってしまっているのです。

もう数回後にその名前は出てきます。

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