2008年3月7日金曜日

利己主義

に対する嫌悪感がどうも普通の人より強い気がします。特に金銭が絡んだ場合の利己主義。

ものごとにもよりけりだけど,誰もが「あなたのその利己的行動はまっとうです」と賛意を表することが出来る状況ってのはたくさんあって,ぼくはそのことを理解することも結果を受容することも出来るんだけど,やっぱりどうしても嫌悪感を感じてしまう。

一方で利他主義は立派なことだと言われることが多いのですが,ぼく自身はまったくそうは思わない。人間誰しも,利己主義であるべき時には利己主義で無ければならない。

そしてぼく自身は利他主義云々というよりは,単に欲と言うものが致命的に欠如しているのではないかとコンプレックスを抱く次第です。



たとえば,今日のお昼の会話中。

学生支援機構(旧育英会)の規定によれば,ぼくは大学の教員でかつ学術研究者なので何とかすれば奨学金を返還しないで済む手立てがあったのですが,その手続きはとってなかったし,さらに大学院在学が長くて在学中に奨学金を返し始めてしまい,その資格は失ったんじゃないかと思っています。

だから研究者だけど返している。というかそれ以前に「返さなくてもいいかどうか」を十分に調べるということをしていない。

とそんなことを会話してました。そして,

「学生支援機構は財政がやばいから,返せるなら返そうと思って。…つぶれたら次の世代が困るでしょう」

と言ったら,「そんな意見は初めて聞きました」と言われました。つまり普通の人(会話の相手が普通の人かどうかはともかくとして)の感覚では,

「借金を返さなくても良い権利を持っているかもしれないのに,それを利用することを考えないで,他の人間のことを考えるのは,おかしい」

となるようです。確かにその論理はまったく正しいと思います。その分自分のお金が増えるわけですからね。(もっとも今回の会話の場合は,ぼくは返し始めてしまったのでその権利を失っているわけですが)

でもですね,ぼくはその「なぜお前は自分のお金を増やそうとしないのか」と暗に諭されることにすごく違和感というか嫌悪感を感じます。ぼくは今現在まったく生活には困っていないし,給料も十分すぎるほどもらっています。これ以上お金が欲しいとはそれほど思いません。

そもそも,お金よりも研究することに欲の大半が使われていて,その研究という自分の好きなことをしていいという状況自体がものすごい幸運だと思っているわけです。

これはまずうちの両親が定年まで健康に働いていたからで,両親の援助もあったからこそ,ながーい学生生活を送ることができたということがあります。

そして日本が豊かで平和だということもある。

それだけの幸運があるのだから,今の自分があるわけで,返したほうが良い借金を返さないという行動で自分の金を増やそうという気にはなれないのです。

ここだけ聞くとなにやら偽善の匂いがしますがね。

それに,大体今ぼくは助教で2年後には強制転職ですから,困窮して払えなくなる可能性もあって,そのときには払えないものは払えないので,払わなくなるでしょう。だったら払えるときに払うのが筋なんじゃないでしょうか?



とまあ,結局はぼくには物欲があんまりないので,金銭欲もそれほど無いということなのです。

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